リカーゾリ男爵

ソムリエ試験の分厚い教本を読み進めていると、聞き覚えのある名前を見つけました。「ベッティーノ・リカーゾリ男爵」イタリアの有名なワイン、キアンティの礎を築いた方で、後にイタリア共和党の党首も務めたカリスマです。

彼は19世紀後半のトスカーナ州で、非常に風味の強いぶどうサンジョベーゼ種に、一定量の白ブドウと黒ブドウを混醸し飲みやすい赤ワインを造る方法を考案しました。
サンジョベーゼ70%、カナイオーロ20%、マルヴァジア・デル・キアンティ10%、この比率は「リカーゾリ男爵の公式」と教本にも記され、のちの原産地呼称制度の先駆けとなりました。
その時代から1000年以上の歴史を誇るバローネリカーゾリ。現在の当主は32代目のフランチェスコ・リカーゾリ男爵です。
男爵にお会いしたのは昨年の10月。飲食店に向けた試飲会が、名古屋のエノテカピンキオーリで開催されました。広い窓から覗く空と見下ろす街並みの素敵な空間。男爵はブルーのスーツを颯爽と着こなす品の良い男性です。端正な顔立ちで親しみやすい人柄の男爵でした。
入口には、男爵が指揮を執り始めてから二十周年を記念するマグナムボトルの「ヒストリア」ワインが飾られています。ウェルカムの白ワインを片手に、お店へ。試飲用の十数アイテムのワインの前には、見た目も鮮やかなフィンガーフードが並べられていました。
ベストなマリアージュを探しながらのテイスティングはとても楽しくて、男爵は時折マイクを手にワインのストーリーを会場に伝えてくれています。白ワインから赤ワインへ、食後酒のヴィンサントを味わいビターチョコレートに合わせる頃にはほろ酔いに。気分が高揚した勢いで、私達は大胆なお願いを男爵にする事に……高級ワイン「ヒストリア」。残念ながら今回の試飲アイテムには入っていません。男爵の二十年を象徴する為の飾りなのです。
「あのヒストリア、どんな味がするのか飲んでみたいです!」


会場に入った時から「飲んでみたいね」と話していたワインです。ワインの作るコミュニケーションの力は素晴らしいですね。図々しいお願いに、リカーゾリ男爵は「ん?構わないよ」そんな風に頷いて、貴重なマグナムボトルを自ら抜栓してくれます。素敵なワインと男爵の人柄に触れ、もちろんヒストリアの素晴らしい味わいに感激のひとときを堪能させていただきました。
記念に写真を撮らせていただいていると、会場の隅から十代ぐらいの可愛らしい娘さんがこちらを見ています。
「私の娘ですよ」男爵は嬉しそうに彼女を紹介してくれました。ワイナリーの歴史は、きっと彼女にも繋がれてゆくのでしょう。大好きなワインが、また一つ増えた素敵な一日でした。

記事 藤原瑠衣


2016年08月28日